おはようございます。女性医療クリニックLUNA心斎橋 院長の二宮典子です。
今週からは、先週土曜日に行わせていただいたWebセミナーの中で、皆様からのご質問の多かった内容から順次、回答させていただこうと思っています。
とは言っても、肝心の質問ですが。今週中に、サンケイリビングさんから質問やチャットの詳細が送られてくるかと思いますので、まだ無理なんだな(笑)
ということで、本日は講演の中でサラサラっとご説明したGSM(じーえすえむ)という病気について、私の考えを交えながらお話をさせていただこうと思います。
GSM Genitourinary Syndrome of Menopauseは、何度かこのブログでもご紹介したことがあるかと思いますが、2014年に北米閉経学会と国際女性性機能学会によって提唱された病気です。日本語では閉経関連尿路性器症候群、なんて訳されます。
GSMってどんな病気?
GSMは女性が閉経ごろから外陰・腟・尿路に様々な不具合をもたらす症候群として発表されました。原因はエストロゲンの低下と言われていましたが、近年では性ホルモン全体が関わってることがわかってきました。
性ホルモンの中にはエストロゲンだけでなくテストステロンやDHEAといったものが含まれます。これらのホルモンはエストロゲンと全く違う構造をもつわけではなく、エストロゲン合成の上流にいる、言わば材料となるようなホルモンたちです。それぞれのホルモンは兄弟姉妹のように似ている働きをすることもありますが、臓器ごとに反応が異なっている場合もあり、それぞれのホルモンひとつずつが大切な役割を持っています。
そして、その性ホルモンの恩恵をもっとも色濃く受けている臓器が、先ほどの外陰・腟・尿路になるわけです。講義でも言いましたね、デリケートゾーンも老化しまっせと…。
いやー罪深き現実!
老化すれば、色々不具合がでるのは当然。臓器が性ホルモンが枯渇することによって衰え、そのために私たちに様々な不調をもたらすのです。
その主たる症状が『陰部』『セックス』『オシッコ』この3か所の不具合なわけです。
なんとなくイメージがつきましたか?
GSMは新しい病気なのか?
そこで皆さんに質問です。
このGSMと言う病気は、今まではなかった病気でしょうか。新しく発見された病気なのでしょうか?
答えは…
イエスでもあり、ノーでもある。
なんじゃそりゃ。
だって、身体の老化は今までもあった状態のはずです。婦人科・泌尿器科・皮膚科、その他多くの診療科の医者が、何度も繰り返し見ていました。
そこにGSMという病気がなかったのかというと、そんなことはなかったはずです。別に現代の女性だけに訪れる特殊な病気ではありませんからね。
そういった意味でGSMというのは別に新しくない病気です。
しかし、臓器をどのように観察し、どのような視点から評価し、どのような方向にもっていくことが適切か、と言うことを改めて知らしめると言う意味では、非常に大きなインパクトのある新しい病気と言うこともできます。
GSMを通して歴史や哲学を学ぶ
GSMは女性史としても重要
その他の身体の部分と同じように、外陰部や腟が年齢とともに老化すると言う事は十分にわかっていたし、現に産婦人科では「萎縮性腟炎」という病気はちゃんと認識していました。
それを単に、「腟だけに生じている加齢変化」、老婆の戯言(ざれごと)ではなく、「関連する臓器ひとつひとつを診察・評価し、治療すべきか、生活をする観点から考えなければならない病気」、ウェルエイジングウーマンの敵、と学会が認めたという事です。そういった意味で、GSMという病気は、女性を取り巻く社会情勢の変化を捉えた病気とも考えられます。
つまり、GSMは女性史という歴史的側面においてとても重要な病気でもあるのです。
GSMは哲学としても重要
さらにさらに、
これまでは、当たり前のように見ていたけれども、実は多くの女性の症状を見逃していたのよ?的な医療者への反省が含まれるのも重要な点です。大げさかもしれませんが、これは哲学的な思考の再発見だとも思います。『病気』とは『健康』とは『普通』とは何なのか?それをみんな分かっているのか?ということ。
同じ景色を見ていても、そこに「木がある」「誰かが立っている」「前と何か違う」ということに気づく人と気づかない人がいるように。
見えているからといって、それを問題点として認識しなければ、そこに解決の糸口は無いのです。
私たちLUNAグループの医者は、このGSMと言う病気の概念(考え方や見方)をいち早く日本に取り入れ、治療を行ってきました。
GSMから見えてきたこと
GSMの考え方を取り入れることで、私自身が発見したことをお伝えしようと思います。
このおかげで、他の病院では治らないと困っていた患者さんの多くを、診断・治療することができ、ありがたいことに、患者さんにも感謝していただくことが増えました。
排尿のこと
今までは頻尿は膀胱だけの問題と考えていましたが、女性の尿意が膀胱以外の不具合で発生することに気づきました。例えば、クリトリスや陰部がイガイガすると、まるで尿意があるように感じるのです。
皮膚のかゆみのこと
デリケートゾーンのかゆみも、皮膚だけの異常と捉えていましたが、実はその奥にある粘膜の炎症や老化が関わっていることがあることに気が付きました。患者さんも痒いのは皮膚だと訴えますが、実際に診察を行って皮膚には変化がないときは、粘膜の炎症のSOSを表現する形として、外陰皮膚の痒みという知覚を「誤認」すると言うことが経験的にわかってきました。
それ以外にも、様々な患者さんの訴え(主訴の本質や病気)が、その患者さん訴える単語の中にはない場合もあることを学ばせていただきました。
今の医学に必要なこと
GSMを通して、私が気が付いたこと、そしてみんなに言いたいこと。
それは、2つです。
1つ目は、今の医学は決して完全ではないということ。2つ目は、治療は患者さんとのコミュニケーションによって成り立っており、そこにはとっても高い壁があるということ。当たり前のようで、いつの間にか忘れているこの2つを改めて考える必要があると思います。
1、医学は完璧ではない
【医学は完璧ではない】というのは、みなさん当然のことと認識していますか?それとも、これを聞いて、『えー?どういうこと?何を信じたらいいの!?病院め、騙したな!くそー』と思いましたか?
実際に病院を受診される患者さんのほとんどは、病院に行けば、少なくとも自分に関する病気や症状は治してもらえると思って受診していますよね?
でも、嫌なことを言いますが、病気のほとんどは、医学の力のみで治癒するわけではありません。あ、もちろん、医学は着実に進歩をしていますし、進歩のおかげで治らなかった病気がたくさん治っているということも事実です。
しかし、薬をつかってあらゆる病気を完璧に治す、ということは不可能です。『病気』とは『健康』とは何であるかという哲学的な要素にまで発展していくような、とても壮大な問題でもあります。
なんにせよ、ご自身が病気で困った時は、迷わず病院を頼ってください。でも、病気は薬や手術で治すだけではダメなんです。患者さんひとりひとりがちゃんと自分の身体をいたわる気持ちと、人間も自然の一部であり、確実に『死』に近づいているという認識や、毎日を生きている感謝の気持ちが大切なんです。
そして医療者は、今知っている知識で解決しえないことを、患者さんの気分のせいにしてはいけないのです。常に探求心をもって、前進する姿勢が必要です。
2、コミュニケーション、言葉という壁
2つめのコミュニケーションの問題です。コミュニケーションの壁と聞いて、多くの人は、「医者が話を聞かない」から、と思ったのではないでしょうか?私が言いたいのはそういうことではありません。
みなさん、病院を受診したとき。無言で病院を去ることはありますか?
そんなことはありませんよね。必ず、何らかの方法で医療者に自分の困っていることなどを訴えるはずです。(救急車で意識がなく搬送される、とかは今回は除外してください。あくまでも、自分の足で病院を受診する想定でお願いします、よ!)
つまり、問題点の抽出は、患者さんの言葉から始まるのです。そして、それを患者さんと医療者でうまく意思疎通することが必須なわけです。
先程からも何度かでてきましたので、頭の良い人なら、すでにご理解いただいていると思いますが、まさにココ!に、私が考えるコミュニケーションまたは言葉の壁がでてきます。
私たちは、言葉を介して、ヒトの考えを受け取ります。その言葉の認識が合っていようと間違っていようと。また、同じ言葉を使用していれば、自分と同じ意味と捉えていると勘違いします。
そのため、患者さん自身が、状態を認識していなければ、病気に気が付かないこともあります。また、患者さんの選んだ臓器名、つまり名前に引っ張られて治療を難しくさせたりすることもあります。また、医者の考えている病気の意味と患者さんが考える意味がずれたまま話を進めたりすることもあります‥。
実に様々なトラップが診療には生じる可能性があるのです。
検査を行い、画像診断を行い、病理検査をすることで、その言葉のトラップを埋めることは可能です。しかし、本来の医学は、困っている患者さんの症状をとってあげることから始まるはずです。困っていない病気をたまたま見つけ、それを治療しているけれど、最初に困っていた症状はほったらかし、ではもはや意味がわかりません。
まとめ
GSMと言う病気は、病気そのものだけではなく、医者として考えるべき多くの問題提起を私に与えてくれました。
医療者の中には、『寝た子を起こす必要は無い』と、今まで問題視されていなかったことをわざわざ持ち出すな、と言う意見もありますが、私は決してそうは思いません。
だって我慢するのが当然なんてそんなのおかしいじゃないですか。
それに気づかないままで、他の病名をつけられて全く効果のない治療を受けている患者さんを私はとても多く見てきました。それは、症状を訴える患者さんの本質を探究せずに、知っている病名の中に押し込めたことの弊害だと思います。
もちろん閉経後の女性の尿路の不具合の全ての原因が、GSMだなんて思っていません。常に、どこがおかしいのか、患者さんの訴えと、所見を体系的に捉えることによって、本当に必要な医療を、必要な患者さんに届けるだけなのです。それが、医学の最も基本的な形であり、現代の医学はそれを忘れているように思います。
医療の基本は、病気の本質を見抜くための医療面接と身体の診察です。どちらをおろそかにしても、いつか必ず足元をすくわれます。今、急速に普及し始めたオンライン診療も、真摯に使わなければ、大きなエラーを起こすと考えます。
さて、偉そうに語ってきましたが。当面の私の課題は、1人でも多くの女性に、自分の身に起こりうる可能性のあるGSMという病気を知ってもらうこと。ひとりひとりの女性が、自分の体の問題として医療者に訴えることが出来るよう、このGSMと言う病気を広く世間に知ってもらうことかな、と思っています。
今回は長文でしたが、最後までお読みいただいき、本当にありがとうございました。皆様への感謝を忘れずに、今日も日々診療に励みたいと思います。
では、次回は質問への回答で~。
医師。泌尿器科専門医・指導医、漢方専門医、性機能専門医。
2015年から女性医療に特化したクリニックの院長として泌尿器科・婦人科・性機能に関する専門的診療に従事。医療者向けの講演会や一般向けのYouTubeなど幅広い活動を行う。2021年にNINOMIYA LADIES CLINICを開院し、院長就任。自院では、医療者にしかできない誠実で安全な美容を提供するべく、アートメイク・女性器治療などにも注力する。