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2020.09.16

心斎橋院

二宮 仕事のまとめ その2

みなさん、こんにちは。女性医療クリニックLUNA心斎橋 院長の二宮典子です。

今回は前回の仕事のまとめ、パート2:このLUNA心斎橋を開院してからのお仕事についてまとめてみました。興味ない人、ごめんなさい。では早速いきましょー。

2015年11月クリニック開院から1年くらいまでのこと

2015年11月に女性医療クリニックLUNA心斎橋を開業し、その後は順風満帆かというとそんなことは決してありません。

LUNA心斎橋でお仕事をするようになってからも、試練や紆余曲折がありました。今となっては良き思い出です。

開院したら暇すぎた

開院してすぐは、医者は私1人、看護師さんはもともと産婦人科勤務経験のある優秀で信頼できる子が1人事務員親戚1人と、面接で採用した未経験者2人計5人の所帯でした。そこに、月2回の手術日に関口理事長と横浜の看護師長が来てくれるという感じでやっていました。

前述の通り、もともと一般的な泌尿器科医で仕事をしていましたし、血液透析でもお仕事をしていましたから、ちょっとした小外科や内科的な管理に抵抗はありません。男性の泌尿器科疾患ならばむしろ得意でした。(当たり前か)

逆に、婦人科や女性泌尿科のことは、勉強はしましたが一般泌尿器科に比べるとまだまだ経験が足りません。月に2回関口先生が来阪してくれるとはいえ、日々の診察では関口先生のアドバイスを待っている暇はありませんので、自分でひたすら勉強するしかありません。

しかし、そんな緊張感とは裏腹に、開院の広告を人任せにしていたことで、まぁ暇でした。開院日こそ、前の病院からの患者さんや、広告をみた患者さんが受診してくれましたが、それ以降はすっかり閑古鳥。1日の患者さんが午前1人、午後1人なんていう日もありました。です。ひたすらです。人間暇だとろくなことありません

さらに困ったことに、来てくださる患者さんは、当時の私からしたら、それは開業医ごときで太刀打ちできないぜぃと思われるような難しそうな症状を訴える人が多いのです。(´;ω;`)

今なら対応のイロハもわかるようになりました。でも当時は、大きな病院でも治らなかったとか、術後の症状の再発とか、病歴の数十年なんていう患者さんに助けを求められても、どこぞの偉い先生が診察して無理やったもん、こんなチンケな医者が治すのなんぞ到底無理ですがな、という心境なわけです。

徐々に患者さんは増える、心配いらないと、色々な先輩方などからも聞き及んでいたものの、人数は少ないのに来る患者は対応が難しい。少し萎えます。でも、自分を信じて、開業でしかできないことをひたすら勉強してチャレンジするしかないのですでも少し萎えます。人間ですもの。

ザ・青天の霹靂

そんなある日。これぞまさにっていうくらいの青天の霹靂が起きます。「せいてんのへきれき」とは、予期せぬ事態に突然見舞われびっくり仰天する、という良い意味でも悪い意味でも使用される故事成語です。今回はみなさんのご期待通り、悪い意味です。

なんと、開院1か月で、当時の看護婦さんから、突然の『体調不良。お休み希望。』のLINEが届きます。理由は、日帰り手術での介助をしたが、自分には自信がなくなった。今までの自分の働き方の理想と、うちでの現実が違うし、続けられそうもないので、精神的につらい、というような内容だったと思います。

  • あぁ、そうですか。看護師さんはあなたひとりですよ。
  • 残りの3人職員。全員事務ですよ。
  • 今日から突然いないって…
  • …チッコッ チッコッ チッコ (ニノミヤ考える)…
  • ま、そういうこともあるよね。
  • というか、他人のことなんて考える余裕もないよね。

考えるべきは、今日の診療が無事に終わるか、だよね。

ということで、若干のパニクりはありましたが、事務の子たちの素早い対応で、看護師さん担当の指導予約も予約変更をしてもらったり、私が代打を務めたりしてなんとか無事に1日が終了。

翌日からも、処置介助や器材の洗浄などは事務職員が慣れない中で必死にサポートをしてくれ、採血・注射、検査などは自分ひとりでやりました。手術日は、関口先生とLUNAの看護師長が来てくれ、それで何とかまわっていました

事務の子たちも突然の看護師さんのいなくなった状況にとっても不安だったと思いますが、それでもクリニックを辞めるとは言わず。むしろ積極的に、看護助手的な仕事をこなしてくれてスーパー事務員に大変身していました。踏ん張ってくれた職員には本当に感謝しています。

その後、結局どうなったかというと、3か月くらいは看護師さん不在のまんま外来と月2回の手術をこなしていました。お休みした看護師さんは、結局再会することのないまま退職されました。

ま、残念ですよね。色々な意味で。仕事については、開院すぐで暇なんで、何とかなるもんですね(笑)患者さん少ないですからね。

開業医にアップデート

こういった世知辛い経験が、私を勤務医から開業医にアップデートさせました。職員に関する問題は日々アタマを悩ませますが、それでも開業医は楽しいです。

ちなみに、やめてしまった看護師さんへの恨みつらみは一切ありません。いや、「良い人と思われたい」とかではないですよ。もともとあまり職場で他人が気にならないというのと、その他にもやることがたくさんあったので、他人に責任を転嫁して文句を言っているより、自分の問題を解決するのに必死だったというだけなのですが。

『飛ぶ』から学んだこと

『飛ぶ』とは、昨日まで来ていた職員が突然来なくなることを言うそうです。

『自由』と『不安』

新しいビジネスは、自由です。

しかし、逆に何も決まっていないので、決めるのは自分です。自分が次にすることが明確で、世間が必要としてくれている、と感じられるときには、全く問題ありません。楽しいばっかりです。

しかしひとたび、将来のビジョンがわからなくなったとき、今から何をするべきか見えなくなったとき、人は不安になるものなんです。

私にとって、自由と不安は兄弟のような関係です。

医療行為は、それぞれの仕事に優劣はないと思っていますが、基本は完全なるピラミッド構造です。医者が指示をしないと他の医療者は基本的には何もできません。同じ診療科・同じ規模の病院やクリニックであっても、指示の要である医者が変われば、やり方はまったくべつモノになります。

  • 経験を有する看護師さんであればあるほど
  • 医師の態度が自信なさげにに見えたり、
  • 今までの自分の習慣と違うことをするということに違和感を覚えたり、
  • 今まで大勢いて当たり前の患者さんが少なかったり、

同職種がおらず、同じ目線の人に相談できなかったり、

こういったことが重なると、新しい職場でひとりで決定していくという『自由』 仕事を継続する『不安』となり、 精神的につらくなってしまったのではないかと、二宮は勝手に思っています。

本人に聞いたわけではないので、この考察が当たっているかどうかは知りません。

『適の人』と『不適の人』

どんなことにも『適』『不適』があるので、職種・職場・人間関係すべてパーフェクトにするのは無理です。

『飛ん』でしまった看護師さんを始め、他にもLUNA心斎橋での仕事が合わずに退職していった職員はいます。

最初の『自由』という『不安』は、しばらくすると、前任が決定していったルールに変化します。ルールは必要ですが、一度決めたルールを適切に柔軟に変化させるのは、よっぽど決定力のない人でない限りとっても難しいことです。

それ以降の職員はおそらく『ルール』とか『しがらみ』『人間関係』みたいなことで辞めてしまいますが、やめてしまった職員の子たちに共通することは、どこかで『不適』だっただけです。それ以上でもそれ以下でもない。

『不適』の人間を縛ることはお互いに不幸になる。そして、どんな物事に対する原因も答えも結局は自分の中にある。これが私の開業医アップデートの根幹です。たぶん。

まとめ

ということで、昔の自分の経験から思うことをつらつらと書かせていただきましたが、今は愉快な仲間たちと、時に楽しく時に厳しく コツコツ仕事に励んでおります。

LUNA心斎橋は『適』の仲間をたくさん増やして、これからも前向きに楽しく頑張っていこうと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。

次回は、現在の看護婦さんたちとの出会いと彼女たちの特性、についてご紹介しようと思います。

この記事の監修者
二宮 典子

医師。泌尿器科専門医・指導医、漢方専門医、性機能専門医。
2015年から女性医療に特化したクリニックの院長として泌尿器科・婦人科・性機能に関する専門的診療に従事。医療者向けの講演会や一般向けのYouTubeなど幅広い活動を行う。2021年にNINOMIYA LADIES CLINICを開院し、院長就任。自院では、医療者にしかできない誠実で安全な美容を提供するべく、アートメイク・女性器治療などにも注力する。